運転免許証を返納してから一年たった今

伊豆の暮らし

【返納から一年を振り返る】

昨年10月、妻も私も80歳になったのを機会に運転免許証を返納しました。2~3年まえから決めていたことでした。あれからもう一年がたちました。返納した最初のころは、「車がなくなり、不便を感じることなく生活できるだろうか」と不安でした。しかし、この一年を振り返ってみると今では妻も私も、強がりでなく、車があったときの生活と比較しても特に不便を感じません。車がないなりにいろいろ考えて、今の環境で生活するという方向に転換したからだと思います。

実のところは、時には「不便だな」と思うこともありますが、それは以前と比べた場合の話で、実際の生活に支障はありません。今では車のない生活のおかげで、以前に比べ無駄な動きをせず、今の年齢に合った生活が出来ていると思っています。なんといっても、以前はどちらかが車で外出すると、無事に帰宅するまで「事故に遭わなかっただろうか」「まさか人身事故をお起こさなかっただろうか」と心配していましたが、そんな心配は一切なくなりました。

今日もテレビで、高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違え、人身事故を起こし死傷者が出たと報道していました。事故に遭われた方やそのご家族を思うと胸が痛みます。同時に、原因は別にして、運転していた人のこれからの境遇を想像すると、それもまた痛ましいものです。このような事故を聞くたびに、妻と「あの時、思い切って運転免許証を返納して本当によかったね」と話し合っています。

(アイキャッチの写真は、1966年6月ネパールを旅した時、カトマンズから近郊のナガルコットへの道すがら。歩く生活。)

【免許証返納を実行するまでの心の揺れ】

昨年運転免許証を返納するまでは、妻も私も気軽に車を使っていました。妻は、近くの農協の朝市やスーパーへの買い物、地元の卵の買い出しなどへ気軽に出かけていました。私は、病院や散髪、そして頻繁にホームセンターに出かけ、肥料や土、農作業や庭仕事に必要な資材や道具の買い出すために、車は欠かせない存在でした。

コロナ禍のときに、フランスの歴史人工学者で思想家のエマヌエルドット氏が「人間にとって一番大事な自由は何か」という問いに「自由に移動し、行動できることだ」と話していたことを思い出します。たしかに、言論の自由より、気の向くままに、行きたいところへ、行きたい時に行けるという車社会は、その自由を担保するものです。特に、公共機関が十分整備されていない田舎暮らしでは、車はまさに生活の足、自由に移動できる足そのものです。しかし一方で、自分では車の運転技術に何の問題もないと思っていても、やはり年齢相応に反射神経や状況判断力が落ちていることは自覚していました。とっさの判断を誤り、人身事故を起こして相手を傷つける恐れは十分あり得ると想像できたのです。「自分たちが事故に遭うのも避けたいが、それ以上に、事故を起こして相手を傷つけることだけは絶対に合ってはいけない」。妻もまったく同意見でした。

「車のある自由と、「車がなくなったときの不自由」の間で、心が揺れていたのは確かです。しかし、周りの友人や知人が「免許証を返納しようと思っている」と宣言しながらも、乗り続けているのを見て、「私たちは、実行しよう」と決心しました。

【返納当日、警察でのこと】

実際に切り替え時期が迫って来て、公安委員会から2度目の「切り替え時期が迫っています」という案内のハガキが来た時は、友人がしたように「今回は、免許証の書き換えだけはしておこうか・・・。」と心が動いたのも事実です。いよいよ切り替え期限が明日に迫ったときは、「もう後には戻れない」という気持ちになりました。

警察署で返納手続きをした時、係官から「本当に返納するのですね」と念を押されましたが、「ハイ!」と返答しました。その際、警察で発行してもらった「運転経歴証明書」をタクシーに提示すると料金が10%割引されることが分かりました。さらに、静岡県タクシー協会が販売しているクーポン券を使えば、さらに5%の割引になることも教えてもらいました。警察署からの帰路は、バスと電車を乗り継いで帰宅となりました。返納した翌日、駐車場には、愛車の”HONDA N-BOX”はなくガランとしていました。正直なところ、「これから本当に大丈夫かな」と一抹の不安が胸を横切りました。

【車に頼る生活から、車なしの生活へ】

私たち二人が同時に運転免許証を返納したことを知った近所の人や友人は、「よく返納を実行しましたね。多くの人は口では返納をすると言いますが、いざとなると決心が揺らいで実行できないものですから」と褒めてくれました。そんな言葉をかけられるたびに、「よくやった」と心の中で自分を納得させていました。それまで、車の生活にどっぷりつかっていましたから、実際に不便を感じるというよりは、最初は「心理的な不便さ」の方が強かったと思います。それまでは、気軽に行っていたスーパーやレストラン、野菜の無人販売所、近くの農協の朝市に行けなくなるのですから。それでも別荘地の巡回バスを使えば、何とかなります。重い買い物は、週に一回来るCOOP(生協)の宅配を利用するようになりました。妻は、過去に経験したことがあったため、すぐになれました。また、欲しいものは、インターネット販売をこれまで以上に利用するようになりました。

さらに、予想していなかったのですが、私たちの事情を知った向かいの隣人が、都合のつくときは最寄りの駅まで送り迎えをしてくれるようになりました。最初は、遠慮をしていたのですが、隣人が気さくな方で、次第にお願いするようになりました。また、この町に住民票を置いている隣人からは、選挙のたびに投票所まで連れて行ってくれます。もし、車のある生活を続けていたら、このようなお付き合いは生まれてこなかったでしょう。今まで以上に隣近所の人との交流が深まったことは、本当にありがたいことだと感謝しています。

それでも、一つ困ったことが残りました。交通が不便な我が家に来られる人の送り迎えです。これまでは、特急が停車する駅まで私が迎えに行き、見送りをしていました。これからは、自家用車かタクシーで来ていただくことになり、心苦しく感じていました。しかし、この問題も、来ていただく客人が、「そんなこと、気にしなくていいよ」と言っていただき、気が晴れました。今では、「タクシーを使ってでも来ていただく人だけをおもてなしすればよい」と割り切ることにしました。「案ずるより産むが易し」で、来られる方々は、自家用車かタクシーを使って来ていただいています。本当にありがたいことです。

【実は「車を持たない生活」の方が経済的だった】

車を使わなくなってからの一年間、交通費としてバス、電車、タクシーも積極的に使ってきました。そこで、この一年間の移動にかかった費用(過去に車で移動していた)を実際に大雑把に計算してみたところ、面白い結果になりました。車を維持するためにかかっていた諸経費(自動車保険、定期点検、修理、車検、ガソリン代など)の合計に比べ、ほとんど半額以下に収まっていました。「車がないと移動にお金がかかってしまうのでは」という心配もありましたが、経済的な面からみても、車を手放したデメリットは小さかったとわかりました。

【車のない生活も、何とかなるものです】

自由に、気が向くままに移動することができた「車の生活」から、周りの環境や時間に合わせながら移動する「車なしの生活」へと、今ではすっかり馴染みました。過去の車があった時代の生活には、結構無駄な動きがあったようです。過去の生活パターと比較すれば不便だともいえますが、本当に必要なことだけをし、無断な動きが亡くなったのは確かです。

またいま振り返ると、数十年も前に妻の両親がここに住み始めてから、車のない生活をしていたのです。そのころは、自家用車を持っている家が少なかったので、巡回バスサービスも週に4日、午前午後便があったそうです。それでも義父は、バスサービスがない日は、徒歩で最寄りの駅まで急な坂道を往復していました。それを思うと、自分たちも車のない生活ができるはずです。年齢に合わせた、無駄なことをしない生活行動パターンへの転換も必要だと思っています。最後は、「自分の足で動けること」が何より大事ですので、無理をしない程度の毎日の散歩は欠かさず続けています。

【読者の皆様へのメッセージ】

最後に、この記事を読んでくださっている高齢者の読者の皆様へお伝えしたいことがあります。「自分はまだまだ運転しても大丈夫」と思われている方もたくさんいらっしゃると思います。しかし、「安全」と「安心」に勝るものはありません。どうか、万が一の事故を起こしてしまう前に、一度立ち止まって「運転を止めること(免許返納)を前向きに検討してみてください。最初は、不便かもしれませんが、いざ一歩を踏み出してみれば、「案ずるより産むが易し」で、何とかなるものですよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました