世界に育てられた45年~「忘れがたい人」との出会いと学び~ Vol.8    ティレ・パーナッカー(Tille Paanakker)さんと仲間たち

出会い・学び

はじめに

今回お話しするティレさんは、司馬遼太郎著「街道をゆく35オランダ紀行」で全行程の通訳と案内役を務めたオランダ人女性、「あの通訳のティレさん」です。司馬遼太郎氏が彼女の「知性と日本語能力」を絶賛したことはよく知られています。ティレさんは、ビジネスの世界だけでなく、武道(合気道初段)をたしなみ、現在はビジュアルアーティストとしての顔を持つ、非常に多彩な文化人です。そんなティレさんが、我々の仲間に加わり、人事管理システムをゼロから完成させてくれました。同時に、欧州各国の販売会社社員を一つにまとめるという、重要な大役も果たしてくれたのです。私は、彼女との仕事を通して、オランダ人の本質や欧州でビジネスするために必要な根本的な経営思想を学びました。(写真は、全体ミーティングで司会するティレさん)

1.【主な略歴】

  • 1981~1985年:ライデン大学日本語学科
  • 1985~1987年:金沢大学文学部へ留学
  • 1988~1993年:ジャパン・ユーロ・プロモーション社 取締役
  • 1993~1998年:日系大手食品会社オランダ法人と欧州本部人事部長
  • 1998~2020年:ホーゴフェンスコーポーレーヨサービス社(研究開発部門)、川﨑モーター人事マネージャー、独立人事コンサルタント(ING各部門、鉄道運行管理会社、ブリティッシュ・テレコム・ネーデルランド社など)
  • 2020年~ 現在:2Dビジュアルアーティストとして芸術活動を展開
  • ティレさんの公式ウエブサイト(tillepaanakker)より参照

2.【出会い】

日本の大手食品会社の、オランダおよび欧州市場への新規進出プロジェクトの現地責任者となった時から、私はオランダの歴史や社会・経済、マーケットの実態について勉強を始めました。なかでも日蘭関係の歴史については詳しく調べました。そんなときに出会った本の一冊が、司馬遼太郎の『街道をゆく35オランダ紀行』でした。1991年3月のことです。今その本を広げると、当時のたくさんの赤線が残っています。ただ、この時のティレさんについては「素晴らしい通訳がいるものだな」という、一読者としての関心しかありませんでした。そして、1991年8月、現地駐在員事務所がスタートしました。私の仕事は、とにかく毎日、一人でも多くの人と会うことでした。

ある時、日系大手広告会社のオランダ法人事務所で開かれた、アットホームなパーティーに呼ばれました。そこで紹介されたのが、ティレさんだったのです。いただいた名刺には、「ジャパン・ユーロ・プロモーション社役員」とありました。「この人が、あの本のティレさんか!」そんな興味もあり、いろいろとお話しさせていただいたのが最初の出会いでした。その後も、日本大使館や在蘭日本商工会議所、日本人社会が主催するレセプションに参加すると、決まってそこにはティレさんの姿がありました。何度も言葉を交わすうちに、私は彼女の豊富な知識と、人柄の素晴らしさにすっかり魅了されて行きました。ちょうどこの頃、私はプロジェクトの要となる「人事部長」を探している最中でした。さいしょから、人事部長は、リクルート会社に任せずに私が直接探し出すという考えでいました。

3.【人事部長に採用】: 知識や経験より潜在能力と熱意に期待

私は人事部長の採用に当たり、もっとも重要なのは、経営戦略と連動した人事戦略を立案・実行できる「経営視点」だと考えていました。単なる労務管理や人事実務の統括にとどまらず、経営陣の一翼として組織や「ヒト」という資源を最大化できる人材、そして会社の企業理念や人事の基本思想を共有できる人を求めていたのです。ティレさんは、日本語能力が素晴らしいだけでなく、日本文化や社会、風習・習慣、さらには日本人の気質まで深く理解していました。これはおそらく、2年間にわたる金沢大学での留学期間中に身についたのでしょう。金沢市という、日本の伝統文化が色濃く残る町で地元の人々と密に接したからこそ、自然に培われたものだと思います。

「彼女となら、ゼロからスタートする人事部を一緒に作り上げていける」そう確信した私は、ティレさんに「私たちの仲間に加わってほしい」とお願いしました。ティレさんは、人事の実務経験も知識もなかったため、最初は不安そうでした。しかし、私に迷いはありませんでした。大事なことは、過去の経験や知識ではありません。「新しく作り上げていく能力」と「情熱」があるかどうかです。私は、彼女なら必ずやり遂げるという確信がありました。

4.【実務】:ゼロからのスタート。明確な目標提示と”Yes ,You Can!”

人事部のミッションとは何でしょうか。私は、「社員が成長し、会社も業績を伸ばせる環境」をつくることだと考えています。言い換えれば、「社員が会社を誇りに思い、毎日を楽しく働ける職場」であり、「社員とその家族が会社を心から信頼してくれる職場」を築くことです。具体的には、採用、教育、研修、労務管理、給与計算、人事評価制度、制度設計、人員配置など、業務は多岐にわたります。人事の実務経験がなかったティレさんは、入社後、これらの仕事を一つ一つ必死に勉強しながら経験を積んでいきました。そんな彼女を支えたのが、仲間のジャックリーン(Jacqueline Snoeks-van der Gun)さんとインゲボーグ(Ingeborg Wouters)さんの二人でした。彼女たちのチームワークは本当に見事でした。

2019年食事会にて 左がインゲボーグさん。右がティレさん。
2019年食事会参加者 2列目、左から3人目がジャックリーン・スヌークス・ファンデル・ガムさん

そして、彼女たちにはもう一つ、非常に重要な仕事がありました。それは、「欧州各国にある販売会社の社員たちの気持ちを、同じ目標に向けて一つにまとめること」です。そのために、各国の幹部社員を集めたキックオフミーティングの運営や、レクリエーション行事の企画・実施はきわめて大きな意味を持っていました。一口に「欧州」といっても、国ごとに歴史的背景や文化、習慣はまったく異なります。「自社さえよければいい」という個人主義的な感情がぶつかり合うことも珍しくありません。それらをすべて受け止めた上で、全員を同じ方向に向かわせるーー。これは決して簡単な仕事ではありませんでしたが、ティレさんとチームは見事に成果を出してくれました。

人事部をゼロからスタートさせ、組織化し機能させる難しいプロジェクトにおいて、私が責任者として実践したことは、実にシンプルでした。

1.一つひとつの仕事について、「簡潔に、明確な目標を示すこと」

2.「本当に出来るだろうか」と彼女たちが不安を抱くときがあれば、彼女たちに。「Yes,You Can!(あなたたちなら絶対にやれる!)と信じて励まし続けること」

この2つだけでした。社長が明確なゴールを示し、メンバーの可能性を100%信じる。その結果、私たちの会社には、どこよりも素晴らしい人事部が出来上がっていました。

5.【ティレさんから学んだこと】: 情報公開・平等・評価と採点

■情報公開は「全面公開」か「制限付き公開」か

人事管理を進める上で、基本方針をめぐってティレさんと意見が食い違うことがありました。その一つが「会社の情報をどこまで社員に公開するか」という議論です。最初はなかなかお互いの合意点が見つかまりませんでしたが、徹底的に話し合ううちに、実は「目指すゴールは同じなのに、思考の出発点が違うだけだったということが分かりました。この経験から、「議論をするときは、まず言葉の『定義』を揃えないと、議論がかみ合わない、誤解が生じる」という大きな学びを得ました。

二人の考え方の違いを整理すると以下のようになります。

  • 私の考え(引き算アプローチ)
    • 「すべての情報を公開することは出来ない。一般社員に公開できる内容と、幹部社員・役員にしかできない情報が、最初から区別(制限)されている。
  • ティレさんの考え(足し算アプローチ)
    • 「情報はまずすべて平等に公開されるべきだ。その上で情報の内容(機密性など)に応じて、あとから一部を制限していく。

ティルさんの中には、「公開」の根底に「平等」という強い欧州的な概念がありました。アプローチは、真逆でしたが、「全面公開が原則だが、必要な制限はかける」という着地点は同じだったのです。物事の本質をどこから捉えるかという、議論の深い作法を学びました。

■採点の目的は、成長のため!

ある年、欧州の販売会社の幹部社員が集まる「キックオフミーティング」を前に、ティルさんから「各メンバーのプレゼンテーションを評価(採点)したい」という提案がありました。私は、「それは良いアイデアだ。発表者にとっても程よい緊張感と刺激になるね」と快諾しました。当日、いつものように私の来季の全体計画発表からはじまり、統括本部のマネージャー陣、そして各国代表のプレゼンが続きました。

すべての発表が終わり、ホッとしていると、ティレさんが一枚の採点表をもって私のところにやってきました。「黒田さん、これがあなたのプレゼンテーションの採点結果です」手渡された採点表を見て、私は冷や汗が出ました。「おっと、私も採点の対象だったのか!」と気づいたときには、もう後の祭りです。内容、話し方、ジェスチャーなどの項目別に細かくチェックされており、私の総合評価は確か60点台だったと記憶しています。これまでのビジネス人生の中で、自分のプレゼンテーションが採点されたのは、これが最初で最後の経験でした。

ティレさんと全員の採点結果を見ながら話すうちに、彼女の真意が分かりました。この採点の目的は、給与や賞与を決めるための「業績評価の査定」ではなかったのです。「個人のプレゼンテーション技術を磨き、お互いが成長するために活用する評価」でした。「なるほど、成長のための評価か。私はもう(60点台)で十分だけど、他のメンバーのためにも、この試みはぜひ続けてください」そう笑顔で彼女にお願いしました。

6.【おわりに】

ティレさんが入社した当時の会社には人事部の体制も十分でなく、雇用契約書のひな型や給与テーブル、業績評価制度などの必要書類が体系化されていませんでした。そんなまったくのゼロと言ってもいい状況から、未経験の人事部長としてスタートしてからの6年間。ティレさんは毎日プレッシャーを受けながらも、一度も弱音を吐かず、人事部の体制と組織を確立してくれました。心から感謝します。本当にご苦労さまでした。

ある日、彼女から退職の意向を告げられたとき、「もっと残ってほしい」という気持ち以上に「ここでこれまでの肩の荷を下ろさせてあげなければならない」という思いが勝ったのを覚えています。退社後のティレさんは、当社での知識と経験に加え、もともとの類まれなる才能が評価され、大手企業の人事マネージャーとして採用されて、そこでも大きな実績を残されました。最終的には、独立人事コンサルタントとして国際的な大企業のコンサルティングでも活躍され、まさに人事管理(ヒューマンリソースマネージメント)の「エキスパート」として高い評価を受けられたのです。

まったくのゼロからスタートし、最後には業界の第一線で評価されるエキスパートへ成長された彼女の歩みを知るたび、私は感慨と深い敬意を抱かざるをえません。「人間には熱意と能力があれば、まったく新しい分野であっても一流として活躍できる」ティレさんの姿に、私にその事実を改めて強く再認識させてくれました。

ティレさんのブログによると、現在はもう一つの才能である芸術家の道に進み、「2Dビジュアルアーティスト」としての活動に集中されているようです。この新しい分野でも存分に才能を開花され、素晴らしい作品を世に送り出されることを、伊豆半島の山の中から静かに見守らせていただきます。

読者の皆様、是非彼女の公式ウエブサイトに立ち寄り、創作活動の数々をご覧ください。●ティレさん公式ウエブサイト:tillepaanakker.nl

また、まだ司馬遼太郎の『街道をゆく35オランダ紀行』を読まれていない方は、是非この機会に一読をおすすめします。本の中に登場するティレさんの素晴らしさを発見すると同時に、日蘭関係の歴史やオランダという国の深い魅力をきっと堪能していただけるはずです。

「ティレさん、お元気で!またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。」

7.【次回の予告】

 次回は、食品工場建設のエックスパートで、のちにインドネシア法人の経営トップとして素晴らしい実績をあげられた、上野早苗さんの話をします。海外駐在年数が、通算50年の海外事業の「レジェンド」の話です。楽しみにしていてください。

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