【ヒマラヤ渓谷で起きた大規模土石流の衝撃】
ネパールのヒマラヤ渓谷で起きた大規模土石流の最初の報道が入ったのは、8月26日。渓谷に挟まれた町全体を、そして中国とネパールの国境検問所の建物を背後から襲いかかり、一瞬にして飲み込んでしまった土石流の映像を見たとき、私は言葉を失った。そして9月6日。朝食をとりながらテレビのニュースを観ていると、複数のトンネルから3名が救出されたという吉報が流れた。まさに奇跡だ。胸をなでおろした。昼夜を問わず救出活動に携わっている多くの方々には、心から敬意を表したい。惨事はネパールだけではない。日本各地でも熊本地震に続き、毎日風や集中豪雨による被害が相次いでいる。気持ちが重くなるばかりだ。食事を終えた後は、気持ちを落ち着かせるために、インドの音楽「ラーガ」のシタールを流しながら、この文章を書き始めた。(写真の地図は、Googlマップ、9月1日参照)
【ネパールを旅した記憶】:ヒマラヤとネパールの人々の姿
じつは、1966年、20歳のときに東南アジア・インド・ネパールを8か月かけてバックパッカーの「ひとり旅」をした。初めての海外旅行だった。5月末の一週間をネパールで過ごした。目的は、「ヒマラヤ連峰」をこの目で見ることだった。もう一つは、釈迦の仏跡巡りの4大聖地のひとつである生誕地「ルンビニ」への訪問だった。しかし、ルンビニは、予定のルートから大きく離れていたために行くことが出来なかった。ネパールでは、カトマンズ市内および近郊の寺院や史跡巡りをした。そして、ヒマラヤ連峰を一望できる「ナガルコットの丘」に一泊二日の小旅行をした。カトマンズからは、途中の街まではバスで行き、そこからは歩いて民宿の山小屋まで歩いた。山小屋へは、地元の人が案内してくれた。山小屋の家主は、穏やかな人で、ネパールの男性が被る帽子「ダカ・トピ」を取ると全く日本人だ。到着の翌朝、家主が朝の4時ころ起こしに来てくれた。夜明け前の遠くに重なるヒマラヤの稜線を眺めることが出来た。太陽が昇るにつれて、何重にも重なる山々に靄(もや)が出てき、遠くに見えたヒマラヤ連峰は次第に霞(かす)んでしまった。目の前に迫ってくる雄大なヒマラヤを期待していたのだが、それはかなえられなかった。しかし十分満足できる光景だった。


カトマンズへの帰路、「ヒマラヤを見た」という高揚した気持ちを抑えることが出来なくなり、即興の歌を口ずさみながら、来た道を下って行った。その途中で道からそれた狭い広場にテントを張った学校を見つけた。10人もいない生徒たちが、賑やかに学んでいる様子が見てとれた。私にとり、ネパールは特別な国だった。インドの混沌とした社会から、顔だけ見ると日本人と変わらないネパール人には、特別な親近感を覚えたものだ。そして現在では、今住んでいる伊豆半島には、多くのネパール人がホテルや旅館のサービス業で働いている。昨年と今年、沖縄に行った時も、ホテルやレストランで働く多くのネパール人に会って懐かしかった。彼らの家族に被害がなかったことを祈る。このようなわけで、今回のネパールの大惨事は、決して他人事ではなかった。あの時出会った山小屋の家族、テント張りの学校で学んでいた子供たちは無事だっただろうかーーその思いが胸をよぎる。


【コンクリートの世界では、自然のシグナルや悲鳴を聞くことが出来ない
● 自然は警告を発していた:氷河融解と地球規模の環境変化
今回発生した氷河と岩石の崩落の危険性は、研究者により10年以上前から既に報告されていたという。氷河の融解に起因する土砂災害は、ネパールだけでなく昨年(2025年)5月にもスイス南部のビルヒ氷河の大規模崩落で発生している。ふもとの村が完全に埋没した惨事だった。ヨーロッパアルプスの複数の氷河が毎年加速度的に溶けていることはすでに知られており、私自身も現地を旅行した際に実感した。同じ氷河に数年後に行ったとき、氷河の河口が何十メートルも後退していた。北極海の氷、南極の氷山も同様に溶解が進んでいる。その影響は、例えばグリーンランドでは、白熊の生存を脅かし、同時に住民のイヌイットの生活にも変化が出ている。地球規模の温暖化による災害は、原因が一つではないにしても、確実に増加していると言えるだろう。
● 伊豆の田舎暮らしで感じる、生態系の「食い違い(ミスマッチ)」
私の住む伊豆の田舎暮らしでも、生態系の変化を日々感じる。その一つが、気候変動によって生態系の中で起きている「食い違い(ミスマッチ)」だ。温暖化によって植物の開花や昆虫の羽化の時期が従来より早まり、ヒナドリを育てる時期との間に「ズレ」が生じている。結果としてヒナが十分に育たないという事態が起きている。しかし、都会に住む人々は猛暑や酷暑を体感することはあっても、自然が発している「変化のシグナル」や「悲鳴」を直接感じる機会はほとんどないのではないだろうか。
● 都会(ロゴスの世界)に暮らす人々へーー自然の声を聞くということ
生物学者・福岡伸一氏は、都会を「ロゴスの世界」、自然を「ピュシスの世界」と呼んでいる。ロゴスの世界の中に暮らす人々も、時にはピュシスの世界の中に身を置き、観察し、自然の変化を知る必要があると提唱している。ところで、あなたはこれまでに自然の変化を感じた時があるだろうか。自然は常に変化し、時に静かに、時に激しく私たちに語りかけている。その声を聞き取れるかどうかは、私たち次第だ。地球が発するシグナルに謙虚に耳を澄ませる必要があるのではないだろうか。手遅れになる前に。
ちょうど「ラーガ」の音楽が終わった。




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