Vol.1:Introduction to ”45Years Raised by the World”: Unforgettable Encounters and Lessons”

【今もつづく深い交流】
私は今、80歳になり、現役のビジネスから退いています。この写真は、2019年に私と妻がオランダを訪問した際、かっての仲間たちが集まってくれた食事会のものです。会社の名前は、伏せてありますが、皆、本当に素晴らしい笑顔をしています。写真ですからみんなの声が聞こえないのが残念です。ただし、私には、みんなの騒がしい会話と、一人一人の声が聞こえてきます。30年以上続く彼らとの利害関係を超えた深い交流は、今も続いています。私が誇りにしている宝物です。
【海外で築いたキャリア】
私のグローバルキャリアは、20代後半の香港にはじまり、30代前半のブラジル、30代後半のメキシコへと続きました。振り返ると、その若い時代は、「権限と予算の限界」に直面し続けた日々でした。特に海外では、豊富な経験と成功体験を持つ上司たちの前では、未熟な私の発言が取り上げられることは稀でした。十分な議論もないままトップダウンで重要な経営方針や販売戦略が決まっていくやり方に、私は強い疑問を抱いていました。「自分が決定権を持ったら、必ずスタッフと議論を尽くそう」と心に誓ったのはこの時です。
同時に、常に「必要十分な予算がない」という過酷な現実とも戦っていました。本来、必要な予算が伴わない海外進出などは避けるべきです。しかし現場では、資金がない前提で成果を求められます。私は、「お金がないから成果が出せない」という言い訳を捨て、リソースがないからこそ知恵を絞り、工夫を凝らす術を学びました。「お金が無ければ、頭を使え」がモットーです。中南米やアジアでのそれらすべての葛藤や泥くさい失敗は、いつか理想の経営を実現するための、かけがえのない「理想の蓄積の時代」だったのです。
【欧州市場進出プロジェクトへの思い】
46歳で、元在籍した大手日系食品会社「欧州市場進出プロジェクト」の現地責任者としてオランダに渡り、全責任を負う社長になりました。今から振り返ると、私はこの機会を待っていたのです。これまでのように単に販売高や利益だけを追求するのではなく、関るすべての人を幸せにする『エクサレントカンパニー(卓越した企業)』をこのヨーロッパで実現させたいと、私は心に決めていました。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の『三方よし』を実現させたいと心に誓いました。
ヨーロッパにおいては、企業名も商品名も認知度ゼロからのスタートでした。しかし、企業理念と私の理想に共鳴し、国境や組織、官民学の立場さえ超えてともに汗を流し、私を支え導いてくれた『忘れがたい人たち』がいました。彼らの利害や立場を超えた、並外れた協力があったらこそ、困難だと思われたあの挑戦的なミッションは成功を収めることが出来ました。
【本連載の方針】
この連載では、元在籍した大手日系食品会社の オランダから始まったヨーロッパの事業の拡大と展開を主軸にすすめます。その中で、香港や中南米での経験を通して培われた経営哲学の原点を振り返ります。同時に、生涯にわたり私を支えてくれた仲間たちを一人ずつ紹介していきます。他のテーマとのバランスを保ちつつ、このシリーズは週に一度、定期的に更新していく予定です。
紹介する元社員や外部の人達には、記事が公開されるたびに私から連絡を入れます。きっと、翻訳ソフトを使って懐かしく読んでくれることでしょう。これがお世話になった方々に対する感謝のメッセージになれば嬉しいです。また、この記事が、現在海外で仕事をされておられる方に、あるいはこれから海外で働きたいと考えておられる若者にとり、少しでも参考になれば、望外の喜びです。
【次回予告】
第2回は、第一章:フィジビリティ―スタディー編(状況説明回)です。「欧州市場進出プロジェクト」の実現可能性調査について、何をどのような手段で実施したかについて説明いたします。どうぞ、お楽しみに。
【読者の皆様へ:更新についてのお願い】
・本連載は、他のブログテーマとのバランスを見ながら「週」に一回を目標とします。曜日は、一応金曜日とします。
・しかしながら、私は80歳を迎えており、現役を引いた身です。体調の波や、海外の仲間たちから写真の掲載許可を頂くまでの時間の兼ね合いなどから、予定どおりに投稿できない週もあるかと思います。その際は、「少しお休みをもらっているのだな」と、どうかご容赦いただきますと幸いです。
45年間の大切な思い出と学びを、一話ずつ丁寧に、私のペースで紡いでまいります。温かく気長にお付き合いいただければ嬉しく思います。
ありがとうございます。
黒田 善徳

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