歴史を語り継ぐ、オランダやヨーロッパの覚悟と仕組み
オランダにおける5月4日の「戦没者追悼記念日」の2分間の黙祷。毎年5月からヨーロッパ諸国において始まる、毎日長時間にわたり報道される第二次世界大戦に関するドキュメンタリー。これらを体験して分かったことは、第二次世界大戦の過ちを二度としないための「歴史の追体験と記憶の継承」の仕組みに気が付きます。この仕組みについて、オランダを例にして検証してみます。
オランダでは、毎年5月4日の「戦没者追悼記念日」の午後8時に全国で2分間の黙祷を捧げます。すべての活動が2分間停止します。この時は、テレビ・ラジオは、午後8時前後、すべての放送が、アムステルダムのダム広場でおこなわれる国王夫妻出席の追悼式典の生放送のみに切り替わります。電車や車も停車します。街を歩く人も立ち止まります。スキポール空港では、飛行機の離着陸も停止されます。外国人だからという別扱いはありません。まさに、国全体が一斉に静まり返り、戦争の犠牲者を追悼するのです。
私が最初にこれを経験したのは、オランダに赴任した翌年の5月でした。ハーグ市の海岸沿いのホテルのレストランで、大使館の方と日本からのお客様との夕食中のことでした。ウエーターがテーブルまで来て、「8時になったら、食事も談話も中断していただき,2分間の黙祷をしてください」という案内でした。8時になると、レストランのお客も従業員も一斉に黙祷しました。私は、「戦没者追悼記念日」のことも、国中が2分間黙禱することも全然知りませんでした。このレストランで起こったことだけしか覚えていません。
次に体験したのは、その翌年だったと思います。めずらしく夕方には帰宅して、夕食後ベランダに出てベネルックスバーン通りを眺めていました。車が行き交い電車が走っています。いつもの光景です。ところが突然、一斉に車が路肩に寄せ止まりました。すると電車も止まったのです。歩道を歩く人も全員が立ち止まりました。なにが起きたのか分かりませんでした。時計を見たら、午後8時です。そこでようやく気が付きました。5月4日「戦没者追悼記念日」だったのです。


また、毎年この時期になると、特に5月4日の追悼記念日や欧州戦勝記念日前後には、オランダは勿論のこと、ヨーロッパ諸国のテレビでは、第二次世界大戦に関するドキュメンタリー、映画、特集番組が長時間にわたり放送されます。悲惨な戦争の歴史を決して風化させない、二度と繰り返さないという強い意志が、日常の中に深く組み込まれているのです。第二次世界大戦の記憶は、現在の民主主義や平和の土台という認識です。風化させないための「社会教育」としてテレビが大きな役割を担っています。また、公共放送は、公的行事を放送する義務があるということです。
参考までに、ドイツにおける5月前後のテレビ編成は、他国のような「勝利の祝祭」ではなく、「過去の反省とナチス犯罪の検証」に特化した、きわめて厳かで重い内容になっているそうです。ホロコーストの検証、一般市民の加害者‣盲従が取り上げられるということです。ドイツの番組には悲惨な過去から目を背けず、記憶し続けること」が民主主義を守る義務があるという強い「記憶の文化」の社会的合意があるのでしょう。
オランダの「戦没者追悼記念日」の追悼の仕組みや、ヨーロッパ全体の「戦争の悲惨さを風化させない教育」を見てくると、日本における「全国戦没者追悼式」、広島と長崎の「原爆の日」の内容との違いに気づきます。特に、これらの追悼式のテレビ報道は、式典の最初の部分だけを報道しますが、式全体を放映することはありません。個人的には、全部を報道してほしいと思います。また、終戦記念日の黙祷にしても、国民の何割が黙とうしているのでしょうか。
(つづく)「歴史を知らなかったでは通らない」これからのアジア・世界との交流

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