世界に育てられた45年~「忘れがたい人」との出会いと学び~Vol.7    マタイス・デ・ブルイン(Mathijs de Bruin)さん

出会い・学び

1.【出会い】:ロッテルダム・ビジネススクールのMBA就職説明会

以前在籍していた大手日系食品会社のオランダ現地法人社長として、1994年4月の製造・販売開始を前に、経理、マーケティング、人事部門のマネージャーを採用していました。販売部門のマネージャー採用では、特に販売経験者であることにこだわらず、我が社の企業理念に共感し、新しい販売戦略や政策を理解できる人。そしてなによりも、オランダや欧州では「無名企業で認知度ゼロの商品」を市場に投入するという大事業に挑戦できる人を探しました。

そこで目を付けたのが、欧州でもレベルの高いロッテルダム・ビジネス・スクール(エラスムス大学)のMBA卒業生でした。同大学の新規卒業生を対象にした就職説明会があることを知り、我が社も参加することにしました。社員と検討を重ねながら、インパクトのあるプレゼンテーション資料を用意しました。

当日は、私が会社と商品について説明しました。会社については、今回オランダや欧州主要諸国に初めて進出するが、実はアジアを中心にブラジル、メキシコで事業展開していて成功しているグローバル企業であること。約60年の歴史があること。商品については、欧州市場にはまだ存在しない、まったく新しい「機能性食品」というコンセプトの商品であることを伝えました。続くビジネスプランや販売戦略・政策の概要については、オランダでのビジネス経験がながい日本人マネージャーが説明しました。最後に、私たちがどのような「人財」を期待しているかについて、熱い思いを正直に話しました。

参加していた学生たちの反応は、その場では分かりませんでした。しかし、後日、大学を通じて2名の学生から「我が社に興味がある」という連絡を受けたのです。そのうちの一人に事務所まで来ていただき、より具体的な話し合いの場を設けました。その後のやり取りの詳細は記憶があいまいな部分がありますが、彼から入社したいという「吉報」が届きました。その時の彼こそが、今回話をするマタイス・デ・ブルインさんだったのです。こうして経営管理の理論を学んできた若い人材を得ることに成功しました。ちなみに、我が社に関心を持ったもう一人の人物が、後日入社することになったニックさんでした。 写真は、入社当時のマタイスさんです。

2.【プロフィール】

  • 1993年:ロッテルダム経営大学院にてMBA およびMBI取得
    • MBA(Master of Business Administration 経営管理学)
    • MBI(Master of Business Informatics:ビジネス情報学)
  • 1993年 日系大手食品会社オランダ法人に入社(営業マネージャー)
    • ベルギー法人へ出向。販売立ち上げを総括支援(1995年~)
    • イギリス法人へ出向。販売立ち上げを総括・支援(1996年~2000)
  • 2000年~2006年 :オランダ法人社長に就任
    • 最初の現地採用社員から社長に登用される。32歳というグループ会社の中で最年少社長の誕生でした。
  • 2006年~現在:CLB,Adaptive Care Ltd.共同オーナー
    • 音響技術や医療・通信分野のインターナショナル企業にてマネージング・ダイレクターを務める。
  • 現在は、オランダのビジネス界におけるシニアリーダーの一人として、成功を収めています。

3.【「理論と実践」の経験を積み重ねて成長】

マタイスさんは、MBAで学んだ理論を企画や計画の作成だけに終わらせず、常に販売現場で確認しながら、実践において成果を上げてきました。部下の社員たちには、理論を十分に理解できるまで繰り返し説明をしていました。また、社員からは現場の情報や提案を積極的に吸い上げ、計画立案に生かしていました。彼は、一般のオランダ人が重んじる「合理性」や「公平」「平等」そして「多様性の容認」といった気質をしっかりと備えていました。それを象徴する、アメリカ出張での一つのエピソードがあります。長時間のフライトになるため、私が彼に「ビジネスクラスで行くように」と勧めた時のことです。彼は、「ただ座っているだけですから、エコノミーで構いません。その代り、現地でのホテルとレストランは良いところにしてもいいですか?」と提案してきたのです。移動の形式よりも、現地での体調管理や有意義な時間を優先する、いかにも彼らしい合理的なリクエストに、私は快くOKを出しました。こうした無駄を省き実利を取る姿勢や、誰に対してもフラットな彼のマネージメントスタイルは、周囲から圧倒的な信頼を集め、リーダーとしての資質を着実に積み重ねていったように思います。

オランダにおける成功体験と、そこで得た知識や販売データーは、次のベルギーやイギリスでの市場拡大に活かさなければなりませんでした。そこで、私は彼を「右腕」として、一緒に新たな市場の立ち上げに参加してもらうことにしたのです。

4.【ベルギーとイギリス市場開拓の立役者】

■ ベルギー市場における販売体制・組織の確立に貢献

オランダにおける新市場開拓の成功を踏まえ、私たちは次なるステップとしてベルギーへの市場参入を具体化しました。現地法人を設立後,さっそく経理、人事、販売、広報の各担当マネージャーを採用することになり、販売部門の面接にはマタイスさんにも立ち会ってもらいました。そこで採用したのが、食品販売の豊富な経験を持つロジェ・ファン・カスタム―さんです。ベルギーでの採用方針は、オランダのときとは異なり「経験者」に絞りました。成功を収めたオランダの販売戦略や販売促進策を素早く理解し、ベルギー市場へ即座に応用できる即戦力を求めたからです。もう「知名度の低い商品」をゼロから売るフェーズではありません。隣国オランダで認められたこの商品を、いかにベルギーの消費者に受け入れてもらうかが勝負でした。

マタイスさんは連日、ロジエさんにオランダの実積や販売ノウハウを丁寧に説明し、二人三脚でベルギー版の販売計画を作り上げました。さらに、採用した営業社員への研修を行いました。特に、大手スーパーマーケットとの商談では強力なサポート役を務めてくれました。オランダでの実績を知っていたバイヤーたちが、一日も早い取引を望んでくれたこともあり、商談は驚くほどスムーズに進みました。

ところで、私とマタイスさんは、ベルギーの立ち上げ支援にあたり、ブリュッセル市内に小さなアパートを借りて寝泊りしていました。週末だけ自宅に帰るという生活を2~3ケ月 続けました。寝食を共にして初めて気が付いたのですが、マタイアスさんはどんなに寒い冬の夜でも、窓を少し開けて寝る習慣の持ち主でした。これには驚かされたのも、今では良い思い出です。

■ イギリスへの進出支援・・・経営者としての第一歩

ベルギーでの新たな市場立ち上げも、マタイスさんをはじめとする現地社員の努力によって、計画通りの成果を上げることが出来ました。そしてその1年後、私たちはさらに大きな舞台であるイギリス市場への進出プロジェクトを始動させました。今回もマタイスさんに応援を依頼し、ロンドン市内のアパートで合宿しながら準備を勧めました。ただ、イギリスは市場の規模が圧倒的に違います。これまでのオランダやベルギーに比べて大規模なオペレーションが必要となり、社員の採用も一挙に何十人という規模になりました。そのため、採用についてはロンドンに本拠を置く日系の人材紹介会社に一括で採用を依頼したほどです。

この大プロジェクトにおいて、マタイスさんはイギリス市場の分析、営業社員の研修、そして販売計画の作成などを一手に引き受けてくれました。最終的に彼は短期的なサポート役を終え、オランダ法人からイギリス法人に出向することになりました。ご家族と一緒にロンドンへ転居し、日本でいう「転勤」の形で、今度は販売部門だけでなく経営者の一員として、会社全体の経営に参加してもらうことにしたのです。彼は組織内のコミニュケーションの「ハブ」として、中心的な役割を担ってくれました。このイギリスでの経験こそが、彼にとって経営者としての第一歩だったのだと思います。

5.【オランダ法人の社長就任:若干32歳】

イギリスでの大役を無事に終え、マタイスさんがオランダに帰ってきました。かねてより私が思い描いていた「現地化の推進」として、現地社員から社長を登用するという夢を果たせる日がやってきたのです。オランダ、ベルギー、イギリスの3か国で彼が積み上げてきた経験と実績は、販売会社のトップに立つ人間として十分すぎるものでした。日本の本社との協議を経て、彼の社長就任が正式に決定しました。私個人としても、欧州事業を立ち上げた当初からの夢がかなった、最高に嬉しい瞬間でした。「日系企業では、現地法人のトップにはなれない」--当時、ヨーロッパで一般的だったそんな認識を、見事に覆すことが出来たのではないかと思います。私が、欧州事業の責任者に任命されて以来、ずっと目標に掲げていた「エクセレントカンパニー」の条件の一つを達成し、目標に大きく一歩近づけたと確信しました。

社長就任後の彼の活躍と実績は、「理論と現場」の両方を重視し、周囲を十分に納得させる見事なものでした。彼にかじ取りを任せるという私たちの判断が、間違っていなかったことが見事に証明されたのです。そこには、彼がベースとして持っていた、一般のオランダ人の特徴ともいえる「合理性」や「公平さ」「平等」、そして「多様性の受容」といった素晴らしい性格、人間性が生かされていました。私は、こうした彼の経営スタイルから多くを学ばせてもらいました。このオランダ人としての美徳と、日系企業の良さを融合させた彼だからこそ、国籍の異なる多くの社員を率いることが出来たのだと感じます。

6.【おわりに】

私は彼に、オランダでの成功体験や培った販売や経営ノウハウを、さらにグローバルな舞台で生かしてほしいと願っていました。彼にとっても会社にとっても、非常に魅力的なプランを描いていたのですが、それが実現する前に退社となったことは、正直に言えば残念でなりませんでした。しかし、その後の彼のビジネス界での素晴らしい活躍を見るにつけ、あの時の彼の決断は正しかったのだと、今では心から思っています。昨年、オランダを訪問した際に、彼の会社を案内していただきました。「社員を大切にする経営」を肌で感じて、納得しました。またその日に、ロッテルダムの自宅を訪問した際、久しぶりに奥様にもお会いすることが出来ました。

さいごに、一人の経営者として、彼が益々成長し、活躍されることを心から応援をしています。また。機会があれば、是非奥様と一緒に日本に遊びに来てください。お会いできる日を、楽しみにしています。

マタイアス(中央)左:松原さん、右:黒田

7.【次回予告】

次回は、オランダ法人で、ヒューマンリソースマネージメント(人事管理部)と総務部門のマネージャーとして、まったくの未経験からスタートして見事な組織と体制の基礎を構築し、成果を上げたティレ・パーナッカー(Tille Paanakker)さんをご紹介いたします。皆さんご存じの司馬遼太郎の「街道を行く」オランダ紀行に出てくる通訳のティレさんです。

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