世界に育てられた45年~「忘れがたい人」との出会いと学び~Vol.13         ニック・ナイマン(Nic Nijman)さん

出会い・学び

◆ 欧州進出におけるマニュアルの徹底と現地最適化

はじめに:新規MBA取得者をマーケティングマネージャーとして採用

かって在籍した日本の大手食品会社のオランダ法人は、1990年代初めにオランダおよび欧州市場に新規進出した。欧州市場進出にあたり、世界共通の経営方針、マーケティング戦略、ブランディング、販売促進策の原則を現地に浸透させる必要があった。このミッションの推進役として、欧州本部に新しいマーケティングマネージャー(MM)を採用することにした。

マーケティングマネージャーの採用にあたり、私の方針は、実務経験がなくても、経営理論やマーケティング理論の知識があり、「無名の企業、認知度ゼロの商品を市場に導入するという挑戦的な仕事」に意欲的な人材を求めた。ちょうどその時に、ロッテルダム・ビジネススクールでMBA取得者向けの就職説明会に参加する機会があった。その説明会の参加者の中に我が社に関心を持った二人がいた。そのうちにのひとりがVol.7で紹介したオランダ現地法人社長を務めたマタヤスさんで、もう一人が今回紹介するニック(Nic Nijman)さんだ。

我が社の経営方針やマーケティング戦略、広告政策などがどんなに優れていても、進出しようとする市場の社員に、そして商習慣や販売方法、価値観の異なる欧州各国の人びとに受け入れられなければ何の価値もない。したがって、経営方針やマーケティング戦略は、多様性の市場に受け入れられるように「磨き」をかけなければならなかった。ニックさんは、国際的に有名なロッテルダムビジネススクールでMBAを取得したばかりの若者であり、グローバルビジネスの実践経験はなかったが、経営やマーケティングの体系的な理論を身につけていたことに期待した。

1.【世界標準の思想と現地の理論を擦り合わせる「双方向の議論」】

彼が着任して以降、私は時間を見つけては彼の部屋に行き、机を挟んで議論を重ねた。私から彼に伝えたのは、我が社が培ってきた世界共通の経営思想やマーケティング戦略、販売促進策、ブランディングであり、特に「守るべきこと」と「やってはいけないこと」の規律である。これは組織の根幹であり、妥協できない領域であった。一方で、この議論は、一方的に押し付けるものではなかった。彼は、MBAで学んだ経営理論やマーケティング理論をもとに、オランダや欧州市場への具体的な導入手法をロジカルに提示した。現地の市場環境や特性について、今度は私が彼から教わることとなった。

毎日のように互いに教え、学び合う議論を繰り返したことで、「欧州という土俵」の中で通用するマーケティングの基本思想、戦略、販売促進策、広告表現などを網羅した「欧州向けマニュアル」が出来た。この作業を通じて私と彼との間に強固な信頼関係と共通認識が形成されていった。なによりこの彼との議論は、私にとり楽しい時間だった。

2.【各国販売会社の「基本からの逸脱」への対応】

欧州市場向けにまとめたマーケティングマニュアルの各項目を、各国の担当者に徹底させる役割を彼に任せた。各国のマーケティングマネージャーは、現地の商習慣を熟知した経験者たちである。実務経験のある彼らにとって、実践経験のない本部の新任マネージャーの指示は、時として容易に受け入れられないことがあった。現地の商習慣やマネージャーの過去の成功事例などを挙げながら、現地のやり方の主張や、本部への要求も当然存在した。

この問題は、各国販売会社が販売開始から時間が経つにつれて、販売実績にも自信が付き、戦術レベルの販売促進策、販売資材の作成、取引スーパーとの商談内容などについて、自己主張するようになった。グローバルブランディングにおいて、基本からの逸脱は看過できない。そこで、ニックさんは現地マネージャーたちと対話を重ね、マニュアルの基準に引き戻すための管理と軌道修正を粘り強く行った。同時に、各国の裁量に任せても支障のないテーマやケースについては、積極的に承認していった。

また、欧州全体のマーケティング計画を策定する会議では、各国の販売会社の経営者とマーケティング担当者が一堂に会し、欧州全体の情報交換や新しい計画について議論した。各国は、その歴史や文化、習慣や価値観が違う。時には、自国の利益を優先するような激しい議論が行われた。私はあえて口を出さず、議論の流れを現地の彼らに任せることにした。トップが介入して強制するのではなく、彼ら自身で解決させるためである。最終的に、ニックさんは議論を主導し、各国の立場を超えて「世界統一基準」を維持した欧州全体のマーケティング計画をまとめる努力をした。

各国の経営者や実務経験豊富なマーケティング担当者たちとの厳しい折衝や調整を経験したことは、彼にとり大きな糧となり、後日オーストリア市場に進出した際は、現地販売会社の社長として活躍した。ニックさんは、こうして経営とマーケティングの理論と実践の経験を重ねていった。当社で得た「経験と知見」が、その後のコンサルティング領域におけるキャリア形成の確かな足掛かりになったのであれば大変うれしい。

3.【おわりに:組織のグローバル化における教訓】

今回の欧州進出を通じて、本部の戦略を現地に徹底させるためには、単なるトップダウンではなく、現場との双方向の学び合いが必要であることを再認識した。また、トップが適切な権限移譲を行い、現場のマネージャーが主体性をもって各国の利害を調整していくプロセスが、結果として組織のガバナンスを強固にする。彼が残したマネージメントの成果は、その後のグローバル展開における重要な基盤となっている。

ニックさんは、2025年4月より、コロンバス協同組合(Cooperative Purchasing Combined Columbas U.A.)のゼネラルマネージャーとして活躍している。

ニックさん、いつか機会があれば、あの時にしたような議論をやりたいものですね。

ますますのご活躍を伊豆の山の中から応援しています。

2019年OB・OG集会にて。 ニックさんは、最後列の中央

4.【次回の予告】

次回は、オランダ法人のスタートアップメンバーの一人で、オランダラグビー界のレジェンドとしてのキャリアを持つイーヴ・カマー(Yves Kummer)さんを紹介いたします。 楽しみにして待っていてください。

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