1.【プロフィール】:経営と財務を支え続けた25年
アントンさんは、1993年7月1日、日系大手食品会社のオランダ現地法人設立と同時に、経理マネージャーとしてキャリアをスタートさせました。それから2019年4月30日に定年退職するまでの、約25年間にわたり会社のかじ取りを支え続けました。流動性の高いオランダやヨーロッパの労働市場において、同一の企業で四半世紀もキャリアを築き上げることは、極めて異例のことだと思います。

その原動力になったのは、新規に欧州市場に進出した無名の会社の成長とともに、次々と現れる「変化」と「流動」だったのではないでしょうか。彼の活躍の場は、創業期のオランダ法人から、ダイナミックに成長を続ける各国の販売会社を統括する欧州地域統括会社へと移りました。そこでは、常に新しい税務制度の導入や法改正への対応が求められる環境でした。そんな一日も息が抜けない、変化に富んだ日々こそが、アントンさんの知的好奇心を刺激し、あくなき挑戦へのエネルギーを生んだことでしょう。まさに欧州事業の歴史そのものを体現し、変化を楽しみながら経営と財務を支え続けた「誰にも代えがたい存在」でした。(アイキャッチ画像は、大室山にて:富士山を背景に、左からアントン、黒田、松原です。)
2.【出会いのエピソード】:電卓とオフィス家具を携えた「花嫁」との面接
現地法人の設立に伴い、早急に経理マネージャーを採用する必要がありました。そこで、同じリバー・ステート・ビルに事務所を構えていた日系大手都市銀行の社長(現地法人代表者)に候補者の紹介を依頼しました。数日後、銀行の社長からご紹介いただいたのは、ある日系大手玩具メーカーのオランダ社長でした。その社長のお話は「オランダから撤退することになった。そこで、経理マネージャーとして働いている優秀な社員がいるので推薦したい」という大変有り難いものでした。こうして後日、アントンさんの正式な面接を行うことになりました。
経理の経歴や専門知識については、当時経理システム導入の指導のために香港から出張してきていた本社社員が、面接を担当しました。一方で私は、彼の人間性を見極めるべく、専門分野だけでなく、本人の価値観や人生観など、幅広いテーマで対話しました。その結果、「冷静でバランスの取れた人間性、専門知識・経験ともに申し分ない」という結論に達し、採用を即決したのです。
さっそく玩具メーカーの社長へ採用の報告に伺うと、思わぬ申し出がありました。「事務所にあるオフィス家具や備品を、そのまま引き取ってくれないか」と言うのです。これから体制作りで多くの社員を採用する予定でしたので、格安の価格ですべてを引き取らせていただきました。こうして、あっという間に新しいオフィス家具が揃い、リースカーも引き継ぐことが出来ました。アントンさんの話では、彼が職場で使っていた電卓までも一緒に引き取ったそうです。昔の日本の結婚では、花嫁さんが花嫁道具を携えて嫁いできた姿が頭をよこぎり、引き取ったオフィス家具を見て、ひとりで微笑んでしまったことを今でもよく覚えています。
3.【仕事】EU統合の変革の波を超えた経営全般への多大な貢献
アントンさんは、自身の専門である経理・財務の枠にとどまらず、常にビジネスの幅広い分野に高い関心を持っていました。当時はちょうどEU(欧州連合)が統一政策をつぎつぎと導入している真最中。ビジネスのルールが目まぐるしく変わるため、既存の知識や過去の経験だけでは到底対応できない厳しい状況でした。しかし幸いなことにー そして私が面接のときに直観した通り ーアントンさんは新しい変化に果敢に取り組んでくれたのです。「出来ないではなく、出来るために何をするか」を徹底していました。彼が通常の経理・財務の枠を超えて索引したグローバルな主要プロジェクトは以下の通りです。
■グローバルな税務ガバナンスと、国境を越えたワンチームの構築
EU域内の販売子会社に関連する、きわめて高度な国際税務プロジェクトを主導しました。
●欧州における税務スキームの構築(オランダのタックス・ルーリング、VAT対応)
●国際税務リスクへの対応(移転価格問題の解決)
●海外販売会社における資本構造の最適化(ドイツにおける過小資本問題への対応など)
各国の法律事務所や会計事務所といった外部の専門家との連携が不可欠な局面でしたが、ここでも彼の人間性とコミニュケーション能力が発揮されました。異文化の専門家たちを巻き込み、国境を越えた強固なワンチームを構築してくれたおかげで、会社として複雑な税務課題を解決することが出来ました。
■欧州内における物流ネットワークの最適化
創業当初から当社の製造拠点は、オランダのアルメア市にあります。ここからベルギー、イギリス、ドイツ、フランスといった周辺主要国へ配送するためのシステムを一から構築しました。物流会社と協議を重ね、単なる配送効率の向上にとどまらず、コスト効率とリードタイムのベストなバランスを見極め、最適な物流ネットワークを随時再構築しています。
■グローバル調達における財務リスクマネージメント
地元ヨーロッパ、日本、そして世界からの原材料調達においても、彼の財務知識が成果を上げました。複数国にまたがる購買では、為替変動のリスク管理が求められます。彼は、ここでも細心の注意を払い、安定調達と徹底したコスト管理、為替を考慮した仕組みを運用しました。
4.【彼の仲間たち】強固なチームワークと次世代へのバトン
【テッド-メデンブリック(Ted Medenblik)さん】
これらグローバルに及ぶ広範なプロジェクトを成し遂げられた背景には、アントンさんの奮闘を支え続けた、頼もしい2人の仲間の存在がありました。1人は、テッド‣メデンブリック(Ted Medenblik)さんです。4大国際会計事務所から入社して以来、14年間にわたりアントンさんの右腕として経理業務の核を担い続けたベテランメンバーです。あとからテッドさんから聞いたことですが、アントンさんが、彼を私に紹介した時のことです。私が、アントンさんに「彼の給料はいくらですか」と聞いたそうです。私の採用方針の一つは「採用しようと思う社員の給料は、低くしてはならない。社員がが期待している金額以上を払いなさい」ということを確認したかったからです。お金の価値は、額面以上でも以下でもありませんが、人の能力はいくらでも向上しますから。
【サンダー・リエンクス(Sander Rienks)さん】
もう一人は、サンダー・リエンクス(Sander Rienks)さんです。アントンさんの背中を見て育ち、アントンさんが退職後に後を継いで、財務部長へと昇格した次世代のホープです。私は覚えていなかったのですが、サンダーさんの採用時にも小さなエピソードがあったそうです。アントンさんは、サンダーさんが当時ポニーテールだったので、日本人マネージメントがどんな反応するか心配して「サンダーさんはポニーテールですが、問題ありませんか」と私に聞いたそうです。私が「ウーム!?」「全然問題ありませんよ」と返答したので、ほっとしたそうです。当時のオランダでは、一般的な日系企業のマネージメントスタイルについて十分な理解がされていなかったのでしょうか。


アントンさんの最大の功績は、高度な専門業務をいくつもこなしたことだけではありません。穏やかで、まじめな性格ですが、時にはメンバーを厳しく叱咤激励し、それぞれの将来を考えながら、互いに支え合う最高のチーム築き上げたことにあります。そして、自身の後継者を育て上げ、次世代へと見事なバトンタッチを完了させたことこそ、彼が会社に残した貴重な財産です。
5.【エピソード】「シンタクラース祭」に見せたもう一つの顔: 「シンタクラース」としての笑顔
会社では毎年、従業員の家族を招待して「ファメリーデイ」を催します。社員の家族の日ごろのサポートに対する感謝を伝えると同時に、社員が部門の垣根を超えて交流を深めることを目的にしたイベントです。その一つが、「シンタクラース祭」です。オランダには古くから、12月5日に聖ニコラスを祝う「シンタクラース祭」という大切なお祭りがあります。(これが、のちにアメリカにわたり、現在のサンタクロースの起源になったと言われています)。11月中旬にスペインから蒸気船でオランダに上陸したシンタクラースは、忠実な助手で陽気な「ズワルト・ピート(黒いピート)」たちを携えて各地をパレードします。そしてクライマックスとなる12月5日の夜、プレゼントが配られるのです。
会社でもこの時期に合わせて、「シンタクラース祭」を開催しており、特に子供たちから大人気です。実はこのお祭りで、アントンさんは数年間にわたり「シンタクラース」に変身し、主役を務めていたのです。子供たちは、赤いガウンに身を包み、白い髭を蓄えた彼に向って、目を輝かせながらお菓子をおねだりします。普段、経理や財務の仕事をしている時とは全く違う、子供たちに向けて見せた笑顔は、今でも忘れられない格別なものでした。

6.【さいごに】感謝の気持ちと、これからの幸せを祈って
1993年、日系大手玩具メーカーがオランダから撤退するというタイミングに、その会社の社長からアントンさんを紹介していただくという「縁」で、アントンさんに出会いました。何とも不思議な「ご縁」で始まった私たちの交流は、同じ創業メンバーの一人として、お互い同志でした。その特別な関係は、私の独立後も形を変えて続きました。さらに、アントンさんの退職後は”WhatsApp”で日常的にコミニュケーションを取っています。昨日は、イギリスへの休暇旅行を終えたという知らせでした。退職後は、娘さんの会社の経理を手伝っておられるとのことです。学校の教師をされていた奥様のヘルダ(Gerda)さんも定年退職されたと聞きました。これからは、二人で過ごされる時間が益々増えることでしょう。アントンさんは、一度伊豆の拙宅に来ていただきましたが、今度は奥様と一緒の訪日を楽しみにしています。私たち夫婦が元気なうちにお越しください。いつでも大歓迎です。これまで、あなたが与えてくれた全てに感謝いたします。お幸せに!


【次回予告】
次回は、オランダ市場進出を成功させた立役者の一人、マーケティングマネージャーのマリ・ポリン・ルーガーさんと仲間たちを紹介します。ウーマンパワー全開の話を楽しみにしていてください。


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