【 81歳の今、「ほどよい加減」と「揺れ」の中で生きている】

残り1里の旅

●81歳の今、「10年」と「明日」のあいだで揺れる

81歳になった今、ふと「あと10年生きるかもしれない」と思うことがある。その一方で「明日終わるかもしれない」という感覚も、同じ重さで胸に浮かぶ。この二つの”かもしれない”のあいだで、心は時に静かに時に大きくゆれている。「まだ10年」あると思えば、つい倹約の気持ちが強くなる。旅先でも「使いすぎないように」と自分に言い聞かせ、美味しい料理を前にして我慢してしまうことになるかもしれない。しかし、「明日死ぬかもしれない」と思えば、我慢したことを後悔することになる。どちらが正しいというわけでもなく、どちらが間違っているというわけでもない。ただ、この年齢になると、二つの”かもしれない”が。毎日の選択に静かに影響を与えてくる。

しかし、戦場に立たされた兵士たちの「今日死ぬかもしれない」という極限の心境に比べれば、今の私の「もしかしたら」の揺れなど、比べものにならないほど穏やかなものだ。平和な時代に生きる者だけに許された、ある意味贅沢と言える感情かもしれない。その揺れは、誰にも見せるわけではないが、確かに自分の胸の奥に存在している。そして、同年代の方ならきっと、この揺れを共有しているのではないかと思う。

●81歳の今、ほどよい加減と丁寧さのあいだで:『一日一生』の教え

酒井雄哉大阿闍梨の説く「一日を一生と思って生きよ」という言葉に出会ったのは、80歳を前にしたころだった。若い世代の人には、前に進むための勢いのある励ましとして響くだろうが、81歳の私には、この言葉は全く違う意味をおびて胸に残るようになった。今の私にとって「一日一生」とは、「今日という一日を丁寧に悔いのないように生きなさい」という静かな教えだ。あと10年生きるかもしれないし、明日突然終わるかもしれない。その二つの”かもしれない”のあいだで揺れる心を、無理にどちらかへ決めつける必要はないのだと、この言葉は教えてくれる。この年齢になると、やるべきことをやっていない」と反省する日もあれば、「今日はこれで十分だ」と静かに納得する日もある。そのどちらも、一日の生き方として間違ってはいない。いずれにしても、私たちは「昨日の過去に帰れないし、明日の未来には行けない」。今日を生きるしかない。そこで、完璧に生きようとするから失望や反省が生まれる。しかし、その反省は決して悪いものではなく、むしろ年齢を重ねたものに与えられた静かな知恵なのだと思う。

時折、「今日はここまででいい」と自分で判断することも、”ほどよい加減”を探しながら生きることなのだろう。「一日一生」という言葉は、私の心の揺れを支える一本の「心柱」のような存在になっている。明日かもしれないし、10年先かもしれない。その不確実性の中で、今日という日を粗末にせず、慌てず、丁寧に生きていくための心の「道標(道しるべ)」にもなっている。*心柱(心柱):五重塔や三重塔などの仏塔の中心を貫く柱。

●81歳の今、揺れの中で育まれる静かな知恵

時折、よい意味で「いい加減に生きることが出来れば、どれほど気が楽だろう」と思うことがある。若い頃は、何事も「一生懸命」「しっかり」「最後まで」という言葉が背中を押してくれた。しかし、81歳になった今では、その”一生懸命”が重荷になることがある。体力も気力も、若い頃のようにはいかない。それでも、なんとか昔の自分の基準で生きようとしてしまい、「今日は出来なかった」と落ち込む日がある。そんなとき、「いい加減に生きる」という感覚が、心を少し軽くしてくれる。いい加減とは、投げやりになることではない。怠けることでもない。むしろ、自分の今の状態を受け入れ、無理をしないで生きるための知恵だ。「今日はここまででいい」と自分に言えること「出来なかったことは、明日やればいい」と思えること。「これくらいで十分だ」と静かに納得できることだ。

近頃は、その”ほどよい加減”を見つけることが、「残り1里」の人生を歩くうえで、思っている以上に大切なのだと感じている。いい加減に生きることは、弱さではなく、成熟した知恵だと思いたい。そしてその知恵は、老いを生きる者にそっと寄り添い、心の揺れをすこしだけ軽くしてくれるはずだ。

●八十代、九十代という年齢を過ごした父の心境を私は知らない

私は海外勤務が長く、父の80代、90代の生活を近くで見ることができなかった。母に先立たれた父は、兄の家の隣に住み99歳まで生き、そして旅だった。私は、父の晩年の心の揺れや、毎日の小さな変化を全く知らない。今、81歳になって自分自身が老いの旅路を歩き始めると、ふと「父はあのころ、どんな気持ちで毎日を過ごしていたんだろうか」と思うことがある。朝起きた時の身体の重さ、ふと感じる不安、今日やるベきことが思うように進まないもどかしさ。逆に「今日はこれで十分だ」と静かに納得する瞬間。そうした心の揺れを、父も同じように抱えていたのではないかーーそう考えると、胸の奥に小さな痛みが生まれる。「実家に帰ったときに、一言やさしい言葉をかけて話を聞いてあげればよかった」と悔やむ。

もし、父の老いを近くで見ることができていたら、今の私の不安は少し違っているのかもしれない。親の老いを見ていれば、自分の老い方の”推察”ができる。80代は、こんな感じだった、90代はこういう変化があった、こういう楽しみ方をしていたーー。そのモデルがあれば、老いの不安は少し軽くなる。しかし私は、そのモデルを持たないまま、81歳の今を生きている。

今は、親子が近くに住むことが少なくなり、その見えない”マイナス”を今になって強く感じる。同居でなくても、近くに住んでいれば、親の生活の様子が自然に目に入り、老いのリズムが伝わってくる。それが無いとなると、老いはどうしても”手探り”になる。父の晩年を知らなかったことは、今の私の生き方をなんとか形づくっている。

親子が遠く離れて暮らす時代になった今、私は自分の揺れや不安を、こうして言葉に残しておきたいと思う。子供たちがいつか老いの旅路を歩くとき、私の姿が少しでも”手がかり”になればいいーー。そんな気持が、この文章を書く動機にもなっている。81歳の今、私は父の見えなかった背中を思いながら、自分の揺れとともに生きている。

同じ年代を生きる読者の方々にも伝えたい。揺れながら生きることは、決して恥ずかしいことではない。むしろ、揺れを抱えながら今日という日を丁寧に扱う姿勢こそが、人生の深まりなのだと思う。もしよければ、あなた自身の揺れも言葉にしてみてほしい。それはきっと、誰かの心をそっと支える力になるはずだ。

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