【世界に育てられた45年~「忘れがたい人」との出会いと学び~Vol.6  マリー・ポーリン・ルガーさんと仲間たち

出会い・学び

【はじめに】

私の海外勤務経験は、会社勤めと独立後を含めて通算すると40年を超えます。これまでに香港、ブラジル、メキシコ、オランダ、そして欧州主要国でビジネスをしてきました。その過程で、社内の仲間はもちろん、外部の法律事務所や会計事務所、政府関係者、そして多くの企業の方々との素晴らしい出会いに恵まれてきました。そんな私の長いキャリアの中でも、マリー・ポーリンさんのように仕事に対して貪欲で、情熱的で、パワフルな女性に出会ったことはありません。その一方で、ひとたび仕事を離れたときに見せる笑顔はとてもチャーミングです。もちろん、重要な課題に直面した時には大いに議論を交わしました。お陰様で、彼女との深い議論を通じて「オランダやヨーロッパでビジネスを成功させる骨(こつ)」を学ぶことが出来ました。今回は、そんなマリー・ポーリンさんと、彼女を支えた素晴らしい仲間たちのウーマンパワー全開の活躍ぶりについてお話しします。(写真は、工場のオープニングセレモニーで「おもてなし」をしているマリー・ポーリンさんです)

1.【プロフィール】

  ●ユトレヒト大学およびライデン大学にて薬学を専攻

  ●オランダの世界的大手栄養食品会社でマーケティングマネージャー

  ●日系大手食品会社(19003~20009)

   オランダ法人勤務 マーケティング部長

   ヨーロッパ地域統括会社 マーケティング&コミニュケーション部長

  ●ヘルスケア・ヘルス食品のコンサルティング会社(Health-C B.V)設立:(2001年~現在)代表取締役

   官民連携を含むさまざまな健康プロジェクトを主導しています。

  ●WoWijs(子供の肥満解消プログラム)の運営(2010年~2022年)

  ●LiGalli B.V.への参画「2022年~現在)

  女性のヘルスケアや医療・バイオテクノロジーの分野で革新的なソリューションを提供するオランダのスタートアップLiGalliにおいて、医療マーケ           ティングおよび医療製品・サービスのポジショニングを専門とし、ブランドマネージメントおよびコミニュケーションの責任者。

2.【出会い=面接】強烈な印象と新たな挑戦への予感

当時、商品の販売開始を1年後に控え、私たちは販売部門、マーケティング部門、企業広報部門のマネージャーを探していました。マリー・ポーリンさんは、そのマーケティング・マネジャーの候補者として面接に来てくれたのです。場所は、アムステルダムの「リバーステートビル」にあった私たちの事務所。このころは、仲間が一人、二人と増えていく時期で、事務所はすでに独特の活気に満ち溢れていました。そんな中で対面したマリー・ポーリンさんの服装、確か若草色のレディース・スーツに赤のブラウスという着こなしが、今でも深く印象に残っています。

面接では、彼女がオランダの大手栄養食品会社で培ってきたマーケティング・マネージャーとしての経験をもとに、食品企業のマーケティング戦略や実際の販売政策などについて幅広く質問を投げかけました。彼女はどの質問に対しても非常に簡潔で分かりやすく答えてくれました。その堂々とした受け答えからは、「新しい仕事へ挑戦する」という強い覚悟と熱意が伝わってきたものです。こうして彼女は、まずはマーケティングと企業広報を兼務するマネージャーとして、私たちのチームに加わることになりました。

3.【大論争!】「世界統一ブランド」か「オランダ地域ブランド」か

販売開始まであと1年。やらなければならない課題は山積していました。企業理念、マーケティング戦略、広告政策など、ビジネスの根本的な部分を社員と完全に共有しなければ、その先の実行計画には進めません。マーケティング戦略と広告政策については、私の方で基本的な骨子をすでに用意していました。その内容を彼女と一対一で説明していくのですが、彼女は彼女でこれまでの豊富な経験と知識に裏打ちされた独自の計画を持っていました。最大の争点となったのは、「コーポレートデザイン」と「コーポレートカラー」でした。これらは、世界戦略(グローバル戦略)の要であり、世界のどこの市場でも一貫して統一しなければならないルールです。しかし、彼女は一歩も譲りません。「ここはオランダです。まだ無名の企業と商品の知名度を上げるには、オランダの消費者に受け入れられるデザインとカラーでなければなりません。」と主張し、すでに独自に試作品まで作成していたのです。

私は、コカ・コーラや、マグドナルドと言った世界的に有名なブランドの事例を出しながら、世界統一ブランドが持つ価値の重要性を必死に説明しました。この議論は実に、1週間ほど、さまざまな課題を巻き込みながら続きました。これまでの私のキャリアの中でも、現地マネージャーとここまで徹底的に議論を戦わせたことはありませんでした。そして最後は、私の思いと世界戦略の意図を深く理解してもらい、納得してくれました。

【大論争の末に得た「信頼」と「一生の財産」

一度お互いに本音で理解し合えれば、その後の実行計画は驚くほど順調に進みました。私が目的と目標さえ説明すれば、あとはマリー・ポーリンさんと仲間たちが、素晴らしいチームワークで自律的に動いてくれたのです。私は、必要な時だけアドバイスをしたり、判断と結論を下すだけで済みました。今振り返ると、最初にあの大論争があったからこそ、お互いの知識や経験、そして性格や強みを深く知ることができ、認め合うことが出来ました。その結果、経営戦略、マーケティング戦略の基本思想を完全に共有できたのだと思います。また、彼女との徹底的な議論を通して、わたし自身が「オランダや欧州におけるビジネスの根幹(骨)を肌で学ぶことが出来ました。これは私にとって、大きな財産となりました。このとき培ったノウハウや経験が、後日ベルギー、イギリス、ドイツへと事業拡大していく際に、大いに役立ったことは言うまでもありません。

4.【仕事への圧倒的な情熱と責任感を物語る二つのエピソード】

● エピソード①赤ちゃんをバスケットに入れ、戦略会議に参加

マリー・ポーリンさんに最初の赤ちゃんが生まれ、まだ出産休暇中のときのことです。翌年度のマーケティング計画作成の会議を、ワッセナー(ハーグ市の隣町)にあるホテルレストラン「デ・ズワーン(De Zwaan)」の会議室で行っていました。そこに突然、マリー・ポーリンさんが、生まれたばかりの赤ちゃんが眠るバスケットを腕に抱えて会議室に入ってきたのです。これには出席者全員が驚きました。オランダでは、愛犬をオフィスに連れてくる光景は時々見かけますが、まさか、会議室に赤ちゃんを連れて来るとは想像もしていなかったからです。しかも、それは1回きりのことではありませんでした。会議はいつも、出席者みんなで愛らしい赤ちゃんを見てからスタートしたものです。オランダのビジネス社会において、赤ちゃんを会議室に連れてくるのが一般的なことなのかは、わかりませんが。しかし、彼女の場合は、責任感が強いのか、それとも仕事がそれほど好きなのか、まさに彼女らしいパワフルな一面を象徴する出来事でした。

●エピソード②週末にカバンを両手に、仕事を持ち帰る

私の先入観もありましたが、一般的にオランダや欧米のビジネスパースンは、終業時間が来たら仕事が途中であっても切り上げて退社するものだと思っていました。実際、ドイツの大企業などでは個人の事情に関係なく、終業時間が来たらビル全体の電気が消灯されるという話も聞いていたからです。しかし、マリー・ポーリンさんは、平日の退社時間が来ても、自分の仕事に一区切りがつくまでは帰ることはありませんでした。さらに驚いたのは、週末にもかかわらず両手にカバンを持って仕事を家に持ち帰っていたことです。週末は家族団欒の大切な時間ですから、「家族からクレームが出ないのだろうか」とこちらが心配したほどです。だからと言って、彼女は決して盲目的な「ワークホリック(仕事中毒)」ではありませんでした。自分の仕事を高いクオリティーでやり遂げるための、徹底した時間管理、品質管理のプロだったのだと思います。

5.【仲間たちの活躍】「XXXXガールズ」のウーマンパワー全開

今振り返ってみると、私たちの挑戦は「会社の企業理念を達成すること」、そして「活動を通じて会社への信頼を高めること」という大きな目標に向かって突き進んでいました。後述する数々のユニークな広報企画を提案し、力強く形にしていったのは、マリー・ポーリンさんの厳しい指導ーー時には無理難題とも言える高い要求ーーに見事に応えて見せた、若い女性スタッフたちの情熱とウーマンパワーでした。そんな「xxxxガールズ」と呼ばれた素晴らしい仲間たちの中から、特に象徴的なキャリアアップを遂げた一人ジャックリーン・バウスさんにまつわる話を紹介させてください。

■ ジャックリーン・バウス(Jacqueline Buijs)さんのプロファイル

1992年、ライデン大学英文科在籍中に、トレニーとして研修を開始しました。さいしょは、受付と事務所のアシスタントの仕事をお願いしました。そのご、彼女の語学力に加え、いつも絶やさない笑顔、穏やかな性格、仕事に取り組む真摯な姿勢をみて、広報の仕事にも参加してもらいました。

1993年ライデン大学を卒業されましたので、本人と話し合い、正式に社員として仲間に迎えました。ここから、ジャックリーンさんの広報の専門家としてのキャリアがスタートしたと言えるのではないでしょうか。数々の広報政策の立案と実績により、広報部門のリーダーへと成長されました。

1999年 当社を退社後、オランダの著名なPR企業「MVPR」の共同経営者として、10年間にわたり第一線で活躍されました。

そして現在は、アムステルダムを拠点とする「ライフスタイル」分野の有力なPR 代理店「Happy Life]の創業者・代表者としてオランダのPR業界を索引しています。

当時は、まだ将来への明確な進路が決まっていなかったと思うのですが、若い彼女がマリー・ポーリンさんという情熱的な上司に出会い、揉まれ、その才能を開花させていった姿は、今でも私の目に焼き付いています。プライベートの関係では、彼女のライデン大学卒業式に招待されたこと、自宅に招かれて食事をしたことなど楽しい思い出があります。

2025年。食事会。右端がジャックリーンさん。左端が、マリー・ポーリンさん。
「xxxガールズ」左から、シュインさん、ジャックリーンさん、インガボーグさん、ハネケさん

6.【自由な発想とウーマンパワーから生まれたユニークな広報企画】

目標を共有したあとの実行段階では、マリー・ポーリンさんと仲間たちがその素晴らしいウーマンパワーをフルに発揮しました。自由な発想の議論の中から、当時のオランダにはなかったユニークな企業広報(PR)企画を次々と生み出していきました。

●「駅伝大会」開催

私たち日本企業の強みの一つである「チームワーク・協力」の精神。これを言葉だけでなく、社員や現地オランダの方々にも実際に肌で実感してもらうためにアムステルフェーン市の後援を得て「オープン駅伝大会」を企画・開催しました。社員の家族、同僚、市役所の職員、会計事務所、取引先関係者、そして住民の方なら誰でもチームを組んで参加できました。コースは、短いものと長いものを用意しました。タスキを次の走者につないでゴールを目指すという少しスリリングな「駅伝」を楽しまれたことと思います。

● 病院への「出前コンサート」の実施

病気療養中のため、コンサートホールへ足を運ぶことが出来ない入院患者さんのために、病院1階にある大ホールへ「生のクラッシック音楽」を届けるというプロジェクトです。当日は、車いすの方も、ベッドに横たわったまま看護師さんに付き添われて会場に連れて来られた患者さんもいました。また、この時ばかりは、ちょうど手のすいたお医者さんや看護師さんたちも足を止めて、めずらしい「出前コンサート」を楽しまれていました。この出前コンサートはアムステル市だけでなく、複数の地方の市立病院でも実施されました。

● 「お客様ご招待コンサート」の開催

日頃の感謝の気持ちを込めて、大切なお客様や社員の家族の皆様を、私たちが支援をしているオランダ交響楽団の素晴らしいコンサートへご招待する企画です。演奏を堪能していただくだけでなく、コンサートの終了後には、指揮者や楽団員も参加したささやかなレセプション(懇親会)の場を設けました。単なるビジネスの関係を超えて、人と人とのつながりを深められる意義深い企画だったと思います。もちろん、この場では女性スタッフが心を込めたおもてなしをしたことは言うまでもありません。

● 新聞の「全面広告ページ」の継続的な提供

健康に関するさまざまな活動を行う民間団体やボランティア組織の情報発信を支援することを目的に、自社が購入した大手新聞の全面広告枠を、そのまま各団体に無償で提供するという画期的なプロジェクトです。この公募には、非常に多くの団体から熱い申し込みがありました。選ばれた多くの団体が、健康増進や病気の啓発に関する貴重なメッセージや情報を紙面から発信していきました。特に、日ごろから活動資金に余裕がなく、高額な新聞広告など出せなかった小さな団体からは、深く感謝されました。自社の利益だけでなく、社会全体の健康を支えるという私たちの企業理念を、マリー・ポーリンさんと仲間たちの努力で形にしてくれた誇らしい取り組みでした。

ここで共に活躍してくれた広報部の女性スタッフの多くは、最初から企業広報の専門知識や経験を持っていたわけではありませんでした。しかし、さまざまな広報活動の実践を経験していく中で、自発的に勉強をして、失敗を恐れず、慣習や常識を打ち破った素晴らしい結果を出してくれました。一つ一つの成果の積み重ねにより、地域の方々の会社に対する理解と信頼を高めてくれました。

このオランダでの経験を通して、私は大切なことを学びました。専門知識や経験を持っていなくても「人間の可能性は、情熱と行動力があれば、能力の限界を超えて成長していくものだ」ということです。

7.【おわりに】

あの大論争から始まったマリー・ポーリンさん、そして素晴らしい仲間たちとの出会い。私の45年にわたる海外ビジネス人生の中で、もっとも充実し、そして毎日楽しかった時間を彼ら・彼女らと共有できたことに、今でも深く感謝しています。特に、あの時「ウーマンパワー」の素晴らしさを遺憾なく発揮し、ともに時代を切り開いてくれた女性スタッフたちの姿は、私の中の「女性のパワー」に対する認識を根底からひっくり返すほどの驚きでした。

かって、オランダの小さな事務所で、情熱の火花を散らしながらともに汗を流した皆さん。これからも、それぞれの分野でキャリアを高め、第一線で活躍し続けているみなさんの発展を、伊豆半島の山の中から応援していることを忘れないでください。いつか、また会って、ワイワイ話をしたいものですね!

2017年食事会。創業時代の仲間たち。右から二人目が、ジャックリーンさん。三人目がハネケ(Hanneke)さん

8.【次回の予告】

次回は、オランダ、ベルギー、イギリスの販売の基礎を築いたマタイヤス・ブルイン氏の話です。現地化の象徴として、現地社員から始めてオランダの社長になった物語です。楽しみにしていてください。

 

 

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